トルクカム(スライドシーブ)について


●変速のキーポイント

トルクカム【セカンダリスライディングシーブ】

  トルクカムとは、キックダウン(再加速時や登り坂などでギヤを落
とす事)をVマチックに持たせる機能を司ると同時に、変速中スケ
 ジュールの決め手になる重要部品である。
ここに斜めに刻まれた溝により、セカンダリ側(クラッチのある所)プーリーの
開き具合を調整させることで変化する負荷に対応させた変速比が得られる。
  一般的には途中で折れた”く”の字形の溝が入っているが、
車種によって溝の角度と折れかたが変化しているのである。
これは、車種毎の走行フィーリングの設定であるとか、燃費を考慮した
回転数設定、少ない馬力を生かすためのアレンジがあるためと考えられる。

                                                                     report e.asano

Vマチックの変速 (H13.7.5現在の考え)


まずはVマチック変速について考えた。
下図は理想的な加速をした時の速度とエンジン回転数の関係を示している。

理想的な加速をした時の速度とエンジン回転数の関係
図1.理想的な加速をした時の速度とエンジン回転数の関係

最大変速比は可変プーリーの内径とクラッチ側のプーリーの外径の比で決まり
(ミッション車のローギアに相当)
最小変速比は可変プーリーの外径とクラッチ側のプーリーの内径の比で決まる
(ミッション車のハイギアに相当)
ことは一般的に知られている。
プーリーによる変速はグラフの平行部分でこの時のエンジン回転数は一定となる。
なぜ変速時にエンジン回転数一定とした方が良いか?
それは
単純に長い時間最高出力を発生していた方が変速効率が良い」からである。
※詳細はたいせーさんのHPにあります。こちらを参照方

ライブDio-ZX(A-AF35)の走行性能曲線図を次に示す。
車両総重量:130kg
転がり抵抗計数:0.014
空気抵抗計数:0.0036
全面東映面積:0.57m2

ライブDio-ZX(A-AF35)の走行性能曲線図
図2.ライブDio-ZX(A-AF35)の走行性能曲線図

少々見にくいが横軸に速度、縦軸に駆動力・走行抵抗(左側)、エンジン回転数(右側)を取っている。
グラフの青線が速度とエンジン回転数の関係を表している。
図1の赤線に相当するものである。
7000rpm-28km/hまで一気に加速し、7000rpmで53km/hまで変速し、
そこから後は速度とエンジン回転数は比例して上昇する。

変速域をなぜ再高出力の6500rpmとせずに7000rpmとしているのかは不明である。

ではWRの重量を変更することによってなにが変わるのか?
それは変速域の回転数を変えることである。 (下図参照)
Vマチックの変速はエンジンの最大出力となる回転数で行うことが最も効率良く行われる。
そのため最大出力となる回転数をさぐっているのだ。
(セッティングの際はロス等もあるので最大出力よりやや高めの回転数にセットする)


図3.WRによるセッティングとは

では、実際の走行において変速はどうなっているのか?
VTECさんとじゅんぺーさんの協力を得てノーマルのZXで 平地をフルアクセルで0発進し
データをサンプリングしてもらったものである。
(追補)
なお測定値についてはスピードメーターで目標速度に達した瞬間の
エンジン回転数をデジタルタコメーターで読み取った物である。

走行性能曲線図に重ねると次の図のようになった。


図4.走行データと走行性能曲線図

が排ガス規制前の'97ZX(VTECさん)
が排ガス規制後の'00ZX(じゅんぺーさん)
を表している。

まずこの図から言えることは、
1)理想値と実際の走行には10〜37km/hにかけて開きがある
2)排ガス規制前後では加速性能が若干異なる

考察
1)について;
下図の青いエリアが理論値と実際の走行の差にあたる。
理想値に近付けば加速性能は更に向上する。
(追補)
「加速中における」デジタルタコメーターの表示精度(反応精度)と
スピードメーターの表示精度について考慮に入れていなかったので
参考程度に見て欲しい。
デジタルタコメーターとスピードメータの表示タイムラグについても検討中。
デジタルタコメーターの表示時間が0.5secであるから加速中の回転数は
少なくとも±200rpmの誤差があると考えられる。
WRを軽くするのは変速域の回転数を上下させるだけでなく実際には
加速性能をあげるためにこの青いエリアを矢印の方向に引き上げていると考えられる。
その場合、変速域が高くなるために中速以降は理想値から外れてしまう。
WRを軽くした場合の変化については調査が終わり次第報告する。


図5.理論値と実走行の差
 

2)について;
ライダーの体重、マシンコンディション等が完全に同じでないので参考程度として欲しいが、
「排ガス規制後のZXは出力を7.2→6.3PSに落としているが駆動系を見直し出足をよくしている」
ということがデータ的に現われているのではないだろうか?
両者の差を緑のエリアで下図に示した。


図6.排ガス規制前後の変速の違い

 
 

●トルクカムの溝の形状とその働き (H14.1.10現在の考え)

変速というとウェイトローラーの遠心力コンプレッションスプリングによるものと思われがちである。
しかし、最近のスクーターはそれだけではない。もし、変速が単純に前後のプーリーの力
(ウェイトローラーの遠心力vsコンプレッションスプリング)のバランス
だけで成り立っているならエンジン回転数と速度の関係は左下図のようになり
変速は遠心力、つまりエンジン回転数に比例し右上がりの特性となる。
 この場合、走行負荷に対応できないため速度が変わるのに時間を要する。
また、坂道や再加速の場合は走行負荷が掛かっても一度変速してしまうと
エンジン回転数が落ちるまでシフトダウンができないため、
エンジン回転数と速度の関係は右下図のようになりパワーバンドから外れてしまう。
 
 
▲平地の場合(差は分かりにくい)  ▲再加速や登り坂の場合
図7.変速が前後のプーリーの力のバランスだけで成り立っている場合の変速

 

しかし、近年のスクーターの変速機能はウェイトローラーの遠心力vsコンプレッション
スプリングの力のバランスだけではない。
トルクカムというセカンダリスライディングシーブに傾斜のついた溝を刻むことで、
走行負荷に対応した変速比を選択でき、ベルト駆動のVマチック方式にキックダウン機能とを
持たせるいう進化をもたらした。
これにより、速度とエンジン回転数の特性は変速域において、右上がりから水平に近付き、
スクーターの加速性能も一気に向上した。
登り勾配にさしかかったり、アクセルを開けたままブレーキを使うことなどによって負荷が掛ると
後ろのクラッチ側のプーリーとベルトがスリップすることによってクラッチ側のプーリーの幅が変わり
変速比が大きくなりキックダウンを起こすことができるのである。
トルクカムがどのようにして作動するかの詳細は
TacmixさんのFK-9の「なぜ変速するの?」をご覧下さい。
http://www.tackmix.com/fk9/

ホンダ、ヤマハは'84年以降からこのシステムを採用しておりハイパワーモデルでは必ず装備している。
#ホンダは2代目タクトよりトルクセンサーという名で採用した
ここで断っておくが、
トルクカムさえ入れておけば必ず加速が万能になるというわけではない
ということを覚えておいて欲しい。
変速範囲内においてエンジンに余裕駆動力が十分にある状態にあることが必要条件である。
この話をすると長くなるので別のコーナーで記述することにする。
 

下表にトルクカムの溝の形状とそのはたらきについて示す。
斜めに溝が入っているほど負荷によりシフトダウンしやすくなり再加速性に優れる。
 

 
溝の形状

トルクカムの機能
はたらき
・シャフトと平行
機能せず
初期のシステム。
滑りによるシフトダウンは起きないため再加速性悪い。
純粋にウェイトローラーとコンプレッションスプリングの
強さがバランスするだけ。
トルクカムとは言えない。
・シャフトに対して
   「へ」の字
機能する
への字になっているのは、途中で変速タイミングを
変えているため。
0発進付近では負荷の条件が様々なので、
対応をしやすくするために溝を緩やかにして、
ある程度の変速後はアクセルレスポンスによって
マイルドな走行感を持たせるために急な角度
(シャフトと平行ぎみ)にしている 。

・シャフトに対して
     斜め
機能する
溝の傾斜が緩やかになればなるほど、
負荷によるシフトダウンが起きやすい。

溝が寝る(シャフトに対して垂直方向側)
     :負荷によってシフトダウンしやすい
溝が立つ(シャフトに対して平行側)
     :負荷によってシフトダウンしにくい

ちなにみ溝の傾きが逆になっているものはクランクシャフトの回転方向が逆向きの場合である。

例)スズキちょいのり、ホンダZOOKなど
 

●溝の傾きとガイドピンの位置について

このコンテンツ内でのトルクカムの溝の傾きは、
下図のように、ドライブベルトと成す角度θのことをいい
    θ=大:立っている
    θ=小:寝ている
と表現することとする。また下記の傾向を持つ
    θ=小:負荷によってシフトダウンしやすい
    θ=大:負荷によってシフトダウンしにくい


 

速度域によるガイドピンの溝の位置は下図のようになる。


クラッチ側(左図の上側)が低速域、

プーリー側(左図の下側)が高速域となる。
 
 
 
 
 
 
 

●「へ」の字型トルクカムのうごき


負荷が掛ったらなぜトルクカムが動くのかはたいせーさんのHPやtacmixさんのHPを参照してください。
ホンダのへの字トルクカムが理想的な変速を行う場合、
各速度域でのトルクカムの動き(位置)に着目した変速中のクラッチ側プーリーの動きは下図のようになり
トルクカムの動きとエンジン回転数と速度の関係は4つの領域に分けて考えられる。
 

      表。各速度域におけるトルクカムの動き

 

これだけでは良く判らないのでトルクカムの溝の位置と速度とエンジン回転数の関係を
対比させた物が下図である。
 

クラッチインしてから変速が始るまでの領域I
ここではWRの遠心力よりも走行抵抗(+クラッチコンプレッション)が
大きいためトルクカム機構が最大に働く。
クラッチインしてから速度の上昇はエンジン回転数に比例する。出足に相当する。

速度が上がってくるにつれて走行負荷は下がりはじめる。
変速初期は走行負荷がまだ大きいため変速比の大きい領域IIに位置する。
速度的には低速〜中速にかけてでエンジン回転数は一定である。

さらに走行負荷が減ってくると領域IIIに入る。
速度的には中速域以降で、WRの遠心力とセンタークラッチスプリングとの力の釣り合いが
大きく支配していると考えられる。走行負荷は無くなるわけでは無い。
ここでの変速はWRの遠心力、つまりエンジン回転数に比例する。

変速の完了した領域IVでは最小変速比となり速度の上昇はエンジン回転数に比例する。
最大出力を超えた回転数なので、加速に伸びはなくじりじりと速度が上がっていく。
 

 
 
 

ヤマハのトルクカム

24G以降、カムの形状は非常に良く考えられている。
ヤマハのトルクカムの形状は走行性能曲線を取り入れている。
より負荷の掛かる低速は溝を寝かせて、負荷の軽くなる高速になるに連れて
溝を立ててきている。
 
型番
27V−17670-00
24G−17670-00
3AA−17670-00
3FC−17670-00
3WG−17670-00
採用車種 初期型JOG '86JOG(5.3ps) '89JOG(6.8ps)
'88BW's
Z?
'91JOG-Z(7ps)
グランドアクシス
'00JOG
'95JOG-ZR
JOGsport90
アクシス90
コメ
ント
低速、中速、高速で3つの溝を持つ。中低速の折れは小さい。高速でかなり立っているので変速終了時にWRの遠心力に 低速側の溝が比較的
寝ており、折れは少ない。中速から立つような格好。立っている部分と寝ている部分の比率はほぼ等しい。この時代の物は少ない馬力を如何に生かすかを重視されているという。
高速側の溝が比較的寝ており、折れも少い。30km/hからの加速を
重視した物とされている。ZR('95ー97)等に採用されている3WGタイプはこの同等品。
中高速側の溝が比較的立っており、折れが大きく低速側が寝るよう
な格好。24Gと3AAの中間的な形状。0-30km/hまでの加速を重視した物とされている。最近の触媒取付車種などにも採用が見られる。
3AA同等品。
元々は90シリーズ用
だったと思われる。
何故ZRに採用された
かは不明。
(低速側)
クラッチ側

 

形 状
 


プーリー側
(高速側)

ホンダのトルクカム

ホンダのトルクカムの形状は、シャフトと平行状態から下図の様な「へ」の字型をした溝が用いられている。
溝の数はライブDioZX、水冷のビート、ジョルノクレアが3つ溝タイプとなっており、
それ以外は2つ溝タイプのようである。
溝の形は低速から中速に掛けて45度の斜に入っており、高速域でシャフトに平行になっている。
ジョルノクレアだけは例外で、4stエンジンでパワーが無いため高速域でも斜に溝が入っており、
中高速域でのアクセルレスポンスを活かすためと考えられる。
 
型番
23220−GBL−700
23220−GBL−880
23220−GEE−000

採用車種
'94〜'96ライブDioZX '97〜 ライブDioZX ジョルノクレア G’
コメント
低〜中速側の溝はほぼ45度。中低速域での負荷によるシフトダウンはおきやすい。
しかし高速側の溝が
ほとんど立っており、
折れが大きいため
高速側からの再加速は
シフトダウンが起きにくく
やや苦手でアクセルレスポンスに対してマイルドな走行感
溝の形状は'94〜'96ZXと
ほぼ一緒であるが、
折れの処理が緩やかに
なっている(丸印)。
中高速域のつながり
向上を狙ったと考えられる。
スクーターレースで
密かに使用されている。
中高速域側の溝が寝て
おり折れが緩やかになっている。
アクセルレスポンスをよりシビアな味付けにしていると考えられる。
低中速の溝の角度は変わらないが
ライブDioに比べて中速域から溝が立っている。
そのため、高速からのキックダウンはしにくい半面、ギクシャク感は薄い。
ビートもこのタイプであるが溝の穴が大きい。
(低速側)
クラッチ側

 

形 状
 


プーリー側
(高速側)

ホンダのトルクカムの形状の特徴は、基本的には「ヘ」の字を採用しており
ヤマハのように溝の傾きにバリエーションがあまり無く、溝の長さで組み合わせているようである。
しかし、近年のパワーのない4stスクーターからはGEEのような形状が採用される傾向にある。

負荷のかかる中低速は低めのギアを設定し、負荷のかからなくなった中高速は高めのギアにしてトップへつなぐ。
45度くらいの傾斜を持たせるとピークパワーでうまく変速できるが常にピークパワーを使うので燃費が少々悪かったり、
再加速の際にアクセルに対して敏感にギクシャクした感じで反応してしまい乗り心地が悪く感じてしまう。
ホンダのスクーターの乗り味がマイルドな感じはこういったところも大きく関係していると思う。

●フル加速時の変速末期にエンジン回転数が下がるのは。。。

ホンダ車の場合特に、レーシングCDIとハイスピードプーリーに交換したりすると
フル加速の変速末期のエンジン回転数低下が顕著になり速度の伸びが鈍くなる。
感じとしては下図の赤いラインのような現象が起きている。
青いラインはノーマルの場合のフル加速である。
この落ち込みは俗にいう「変速の谷間」である
 
 

何故こんなことが起こるかというと、ハイスピードプーリーやWRの重量を交換することで
変速のバランスが崩れるためである。
WRによる遠心力が強く領域IIから領域IIIへ変わった瞬間に
トルクカム効果がなくなり領域IVへとスキップを起こす。
すると変速比が大きく変わり負荷が高くなるのでエンジンパワーが付いていけずに
パワーバンドを外れて回転が落込むのである。
トルクカムの溝の位置とエンジン回転数と速度の関係を示した物が下図となる。

この場合、WRを軽くすると落込みは小さくなるが変速点は高くなってしまう。
センタースプリングのバネレートを高くしても同様の傾向があると推察される。
WRとセンタースプリングのセッティングによって領域IIIができるようにしてやればよい。
領域IIIにおいてトルクカム効果のあるGEE-000を流用することでかなり改善される。
ライブディオZXエンジン('96)にジョルノクレアのスライドシーブを使用してみたところ、
コーナーの立ち上がり、中間加速のピックアップが改善された。
また、気になっていた乗り心地の変化だがイワイサーキットでは変速のショックはあまり感じられなかった。
ツーリングで使用してみたところアクセルを開けなおす度にキックバックするので
エンジン回転数が高くなり耳障りに感じてしまうかもしれない。
このあたりは好みや状況に応じて使い分けるのが良いと思う。

 



戻る