2001.8.4 掲載
『多くの友人と頼りになる会長に出会えた幸せ』

 高校卒業を間近に控えたある日、私は右手関節に痛みを感じていました。でも卒業後に就職した会社は楽しく、忙しい日々に痛みも忘れていました。そんなある日、右手だけだった間接の痛みが全身の痛みとなり、歩くことも座ることもできなくなりました。人の手を借りないとトイレへも行けなくなったのです。
 病院での診断の結果は『慢性関節リュウマチ』。私には病気を理解する余裕すらありませんでした。社会人としてスタートしたばかり、楽しいことはこれからと思っていたのにショックは大き過ぎました。何でもできると思っていましたが、病気には勝てませんでした。
 会社を辞め、家での安静の日々が続きました。毎日が痛みとの戦いでした。痛み止めの薬は、飲めば必ず口内炎ができるほどの強いものでした。痛みはどうしようもなく、泣き叫ぶほかありませんでした。身体をさすり続けてくれた両親には、感謝の気持ちで一杯でした。
 病気は一向に治る気配はなく、丈夫だった私の足は曲がってきました。歩くのにも不自由をしていたので、杖をつくってもらいました。杖を使わなくても歩けるのですが、長時間になると杖を使っても疲れるようになっていました。
 病院を変えるということは、血液検査、レントゲン検査、すべて最初からやり直すということです。私にとって、とても苦痛なことでしたが、今度はリュウマチ専門の病院でした。様々な検査の結果、手術を進められました。いろいろ迷いましたが決心し、今年の1月17日とうとう両足の手術の日がやってきました。
 無事終わり、病室に戻って来たときには両足にギブスが巻かれ、身動きひとつできませんでした。再び痛みとの戦いの毎日でした。そして1週間後、地獄のリハビリが始まりました。動かしていなかった下半身は、寝返りもままならず看護婦さんたちの叱咤激励がとび「何で私だけがこんな辛い目にあわなければならないの」と思ったこともありました。
 退院して半年たった今、たまに外出するときは車椅子を使っています。少し前までの私は、自分が障碍者になるなんて夢にも思っていませんでした。車椅子で街に出て見て、初めて段差がこわいことにも気がつくようになりました。
 以前から興味を持っていたエブリワンに、知人の紹介で入会して1年。入会してまもなく手術を経験した私は、障碍者の気持ちも理解できるようになった気がします。たくさんの友達と、何でも前向きになれる気持ちを教えてくれた会長の倉田さんとの出会いは、私にとって何よりの幸せでした。

 


 2001.7.7 掲載
『設立10周年 共に心通じ合い 楽しく過ごせる社会をめざして』 

 2001年6月30日で、市原 ウィズ エブリワン は、設立10周年を迎えました。6月10日、五井グランド ホテルにて、10周年記念パーティ−が盛大に行われました。
 当日は、現会員を中心にOB、OG会員を含め49名の参加がありました。スライドで10年間の活動の歩みを紹介した後、10年間活動を続けている会員の表彰が行われました。ビンゴ ゲーム大会などもあり、楽しい ひとときとなりました。
 この10年に、JR3駅(八幡宿、五井、姉ヶ崎)にエスカレーターが設置されたことなど、少しずつですが障碍者をはじめ、すべての人々に住みよい街作りが進められてきたことが会場では話題になりました。エブリワンの活動の成果でもあることを みんなで確認することができました。
 10年の間には、エブリワンの活動にも変遷があったと思います。
 設立当時は「どうしたら住み良い街作りができるか」当時のメンバー15名で知恵を出し合いました。そして始めたのが 福祉マップ制作でした。
 おかげさまで、『公共施設編』と『商業施設編』を発刊することができました。
 また、レクリエーションに力を入れて活動した時期もありました。公民館の体育館で運動会をしました。視覚障碍や移動にハンディキャップがあっても みんなで楽しめる『ゴロバレー』は印象的でした。ハンディキャップの有無にかかわらず、いっしょに楽しめるスポーツを発見した うれしさは今でも忘れません。
 そして、現在の活動は、「共に心通じ合い楽しく過ごせる社会へ…」を目標としています。
 これは互いに対話の輪を広げ 個人レベルの日常的な付き合いを継続することと、障碍を持つ、持たないという枠を越え 互いに対等で個性ある人として尊重し合う関係作りを続けることで、達成できる目標だと考えています。つまり、具体的には JEF市原の応援に誘い合って出かけたり、車椅子が移動手段であるのは その人の個性として尊重し、介助が必要な時 お互い遠慮なく声を掛けられる関係作りをすることだと思います。
 今、エブリワンは NPO認証取得のための準備も進めています。20周年の時には、車椅子で闊歩する人、白い杖を使って楽しそうに歩いている人、手話で店員さんと話しながら ショッピングをしている人、そんな個性を持った人々が楽しく過ごせる 市原であればいいなと思っています。
 そこではエブリワンは特別な活動をしている団体ではなく、学校や職場や家庭にとらわれない、もちろん障碍にとらわれない仲間作りの場を提供できていればと思います。
 この10年間で、設備面のバリアフリーは進みました。次の10年間で我々の 心のハーモニー が一層進むことを願って止みません。エブリワンの会員としては10周年の実績に自信を持って、これからも着実に活動を続けていきたいと思っています。
 ご参加、ご協力頂ける方は是非お声掛け下さい。


 
 2001.6.2 掲載
『エブリワンに入ったあのときの気持ちを大切に』

 18歳の時、私はボランティアに興味を持っていました。そんな私に、母は地域情報紙で見つけたボランティアを勧めてくれました。障碍者と一緒に出かける楽しい電車ツアー、“ひまわり号”の活動でした。
 当日はドキドキして参加したのを覚えています。私は、小さい頃からガールスカウトに入っていたので、老人ホーム訪問や募金活動、友だちとの交流には慣れていました。でも、障碍者と話すのは初めてでした。当日、同じ班にエブリワンの会長 倉田さんがいました。「どこから来たの?名前は?」最初は倉田さんからの質問ばかりでしたが、時が過ぎるうちに倉田さんのこと、私のこと、いろいろ話しをしました。私も倉田さんのように前向きな気持ちになりたいと、エブリワンの活動に参加してみました。
 最初は料理、次はキャンプ、カラオケ、ショッピング。最初はきちんと話せるかと不安だった障碍者の人たちと、こんなに楽しく明るく過ごせるなんて思いもしませんでした。悩んだり、落ち込んだり、喜んだり、そんな時もエブリワンのみんなに話しを聞いてもらいました。ですが、1年ほど前からはエブリワンの活動にも参加していません。
 今私は、エブリワンに入会してからの6年、自分がどう変わったのか自問自答しています。高校卒業後、私は保母になる夢を実現させるため、専門学校へ行きました。しかし、実習で理想とのギャップを感じて 自分に自信をなくしてしまいました。卒業後は資格だけ取得してフリーターになりましたが、しばらく働いているうちに「このままではいけない」と保育園へ就職しました。しかし、半年後退職して再びフリーターとなりました。
 3年後、保育の臨時職員の仕事をみつけ、就職しましたが、この春で契約が満了となりました。現在、就職活動中です。保育だけでなく、福祉にも興味があったので、探してみましたが、どこも1日だけの見学やボランティアは断られました。「自分はいったい何がやりたいのだろう?」この6年、私は変わったというよりも後ろを向いた自分に戻ってしまったのだと気づきました。
 他人に頼ってばかり。自分では何もやらず待っているばかり。何でも前向きに、考えようと思ったあの時の自分はどこにいったの? エブリワンを知る前は「障碍者に話しが分かるのかしら」と偏見を持っていたけれど、接していくうちに分かるどころか、こっちがお世話になることばかり。
 障碍があっても強く、前向きに生きているエブリワンのメンバーたち。願いは待っているだけじゃ進まないんだ! 今の私は、何事にも前向きにチャレンジしていこうと思っています。

 

 


 
2001.5.3 掲載
『初めの一歩を踏み出す勇気を持とう』

 シティライフで、初めて「みんなで生きる」を読んだ時、私はとても衝撃を受けました。なかでも、中学2年生の女の子が、人見知りする自分の性格をなおそうとする強い意志に、私は悔しさと同時に魅力を感じました。
 私も消極的で はずかしがりやだったからです。「自分のカラから飛び出す」ことはとても難しいけれど、一歩前に出ることをしなければ何も変わらないと思い、私もエブリワンに入会しました。
 活動に参加してみて、一人ひとりの個性は強いけれど協力しあえる柔らかい雰囲気が素晴らしいと思いました。
 エブリワンでの出会いは、私にとって全てが大切な経験です。「障碍 そのものは心の壁にならない。むしろ障碍と健常を区別することが壁を作っている」ことを学びました。「普段の生活の中では気づかないことがたくさんある。多くのことを見逃している」ことにも気づきました。そして それらを改善して行くために皆で協力する素晴らしさを知りました。
 私はこの春、高校3年生になりました。生徒会活動、将来に向けての勉強、そのなかでエブリワンの活動に参加するのは大変な時もありますが、いま とても充実した時を過ごしています。
 エブリワンでは会長の倉田さんをはじめ、みんな頑張っています。私も負けたくありません。
 エブリワンに出会って私は後悔しなくなりました。失敗しても次のステップに生かせば良いと、前向きに考えられるようになりました。
 私にとって、一歩前に出るのはこわいことです。でも、いつも積極的になっていないと、すぐに行動に移すことは出来ません。
 同世代で将来の夢が決まっている人は、まだ少ないと思います。私もそのひとりですが、何もしないで後悔するよりは、やってみて後悔したっていいと思います。
 多くのことを私に教えてくれたエブリワンに出会えた私は、とても幸運でした。