No.79
日下 香織(20)

 
2003.12.6 掲載
「仲間の励ましが私を変えた」

 高校の時、友だち関係で悩んだ私は人と接することに自信を失っていました。卒業後は就職活動することもなく、家で家事や農繁期の田んぼを手伝っていました。兼業農家のわが家は、87歳の曾祖母、祖母、叔母、両親、妹と私の7人家族です。掃除や洗濯、食事の支度、ひとり暮らしに憧れていた私でしたが、母の大変さを改めて知りました。
 最初の1年は、家族もいろいろ言いましたが、徐々に私の事を理解してくれるようになりました。でも、いつまでも家族に甘えているわけにはいかないと思っていました。
 今年夏、私は以前から思いのあったヘルパー養成講座に通い始めました。同じ講座で学ぶメンバーは30代から親以上の年齢の人まで様々でしたが、皆同じ目的を持った人たち。分からないことは互いに教えて助け合う雰囲気の中、仲間意識が生まれてきました。
 中には、これまで私が苦手だと思っていた「何でも相手を否定するタイプ」の人もいましたが、実際に話してみればそうではないことに気がつきました。今思えば、相手が自分のことをどのように思っているのかを気にしていた私の思い込みもあったようです。これまで私が避けて来た人たちとも会話することで、自分発見ができたように思います。互いに連帯意識を持って学んだ仲間同士、養成講座が終了した今も連絡をとりあっています。
 最初は養成講座に通えるかどうかも不安だった私ですが、仲間に助けられながらヘルパーの資格を取得した今、ひとりでも多くの人の役に立ちたいという思いでいっぱいです。家で過ごしたこの一年半、自分自身ムダだという思いが強かったのですが、今はこの1年半があったからこそ、今の前向きな自分がいるのだと思えるようになりました。私にとっては、とても大切な時間だったように思えます。いつも温かく見守ってくれる家族の応援も、本当にありがたい存在でした。現在、ヘルパーの資格を活かした職場へ、就職活動中です。1日も早く働いて、養成講座受講の費用を出してくれた父に返済したいと思います。
 エブリワンも友人に誘われて何となく入会した私でしたが、これからは仲間づくり、友だちづくりの場として積極的な参加をしていきたいと思います。いまは「就職決まった?あそこで募集しているよ」と、まめに情報をくれる仲間もたくさんいます。私はひとりではないのです。


 

No.78
磯野大介(12)

 
2003.11.1掲載
「ぼく の がんばりたい こと」

 姉崎東中学校1年生の磯野大介です。ぼくは小学校5年生の2学期に、姉崎小学校から青葉台小学校へ転校して来ました。人見知りするタイプではないけれど、最初なかなか友だちができませんでした。ぼくはマイペース型「みんなのペースに合わせなくては」と思えば思うほど、なかなかうまくいきません。
 ヘルパーの仕事をしているお母さんは、ぼくが幼稚園のころに始まったというシティライフの『みんなで生きる』の愛読者だと言っていました。今年の2月、「友だちづくり」のエブリワンに、両親と弟妹の5人家族で参加しました。
 八幡公民館での集まりは、次の年にどんなことをするかという話し合いでした。弟や妹は退屈していましたが、ぼくは車椅子の人を見て学校の総合学習の時間に行ったアネッサのバリアフリー調査の事を思い出していました。
 あの時は、車椅子に乗ってみて車輪がとても重かったのを覚えています。
 何回か家族で参加した後、ひとりで参加するようになりました。初めての人と話をするのは緊張しますが、エブリワンの皆さんが気軽に声をかけてくれるので、最近では学校のオモシロ話など、自分から話ができるようになりました。
 会の活動に参加し始めてまだ数カ月。出席回数も6回ばかしですが、みんなで横浜の中華街とラーメン博物館に行った時は、初めて1対1で話し合うこともできました。それがきっかけで、話せる友だちも数人できました。といっても、みな年の離れたお兄さんやお姉さんさんです。
 今では、集まって活動するのが楽しみになっています。
 エブリワンでは、参加する度にいろいろな人に出会います。最近では、初めての人に会ってもドキドキしなくなってきました。少しずつだけど、ぼく自身積極的になれたように思います。1学期にはジャンケンで負けてなった学校の美化委員も、やってみるととてもオモシロク思えて、2学期は自分から進んで引き受けました。以前のぼくだったら、自分からやるなんてきっと言わなかったと思います。
 学校では部活動で卓球をしていますが、エブリワンではソフトボールクラブに入りました。7月に発足したばかりのクラブですが、守備が上手くできるようにがんばりたいです。学校の卓球では、スマッシュが入るようにがんばりたいです。
 


 

No.77
白瀬智範(28)

 
2003.10.04掲載
「人間関係は光と影の関係」 


 「人間関係」私が生きていくうえでの大きなテーマだ。エブリワンの活動に参加して10年以上がたった。そこで学んだことは、人の大切さだ。仕事の都合上、現在なかなか参加できないでいる。影が薄くなった はずの私だが、たまに顔を出すと皆 温かく迎え入れてくれる。これがホントにありがたい。
 エブリワンを離れたところでの個人的な付き合いも現在進行形だ。仕事を終え自分の携帯を覗いてみる。「集合!!」だけのメールで、仲間のもとへ駆けつける。仕事のこと、恋愛のことなど、話は尽きることがない。年に2〜3回、キャンプに行く仲間もできた。めったに会わないが、たまに会うと異様に はしゃぐ自分がいる。このような友人たちは、エブリワンを通じて手に入れた私の宝だ。
 昨年、長い間お世話になった職場を離れて新しい職場に移った。ついでに愛車も携帯もかえてみた。心機一転して、そろそろ1年になる職種は以前と同じ特別養護老人ホームの介護職人だが、今度の特養は7〜8人のチームで10〜20人をケアするユニットのシステムだ。新しい職場でも人間関係の大切さを思わずにはいられない。
 相手が求めていることを実践できない自分にイライラしてみたり、同じ部署の仲間に助けられたり。チームの皆に支えてもらいながらユニットリーダーとして、私を支えてくれている大切な仲間のために、自分にできることを精一杯やらせてもらっている。それが、今の私の目標でもある。
 普段の生活の中で、相手と性格が合わないとか意見が合わないのは当たり前だと思う。その相手との関係を、どのように保っていくか考えたい。人間関係は、光と影の関係だと思う。光は影を否定してしまうと、自分の存在を表すことができない。影も同様に光がいなければ自分の存在を表すことができない。相手を攻撃するのではなく、かといって自分自身を否定するでもなく、自分と正反対の人間であっても共に生きていくことで自分の存在を確認することができると思う。
 人間関係は永遠に解決することのできないテーマだと思うが、学ばせてくれたエブリワンには感謝している。また、今まで私を支えてくれた人たち、これから支えてくれるであろう人たち、私の周りにいてくれるすべての人たちに「ありがとう」と、感謝したい気持ちでいっぱいだ。
 


 
 

No.76
南 敦子(58)

 

2003.9.6掲載
「家族、地域に助けられて」 

  30年前、長男は障碍を持って生まれてきました。私は、息子のおかげで多くを学び、それまでとは違う人生をプレゼントされたと思っています。
 産後間もなく長男がダウン症だと知った時「なんて運が悪い。冗談じゃない」と思いました。それまで何不自由なく、わがままいっぱいに人生を歩んで来た私でした。今思えば、意欲も感謝もない当時の私こそ、知恵遅れだったのかもしれません。何も分からない私は、情報を求めて歩きました。未就園児のための障碍児施設があると聞き、息子を預けることにしました。通園してみて、そこでの先生たちの熱心な姿に、私はおどろかされました。
 「私も先生のようになりたい」と思うと同時に「物事こんな前向きに考えられるようになった自分は捨てたものではない」とも思えてきました。夫も私を励ましてくれました。息子と一緒に社会から逃避しようとする私に「息子を大事に思うなら、どんどん人の中へ連れて行け」と言いました。以来、私はどんな苦境にあってもプラス思考で考えるようにしています。
 「死んでしまえば何事もおしまい。生きているからこそ苦しい事も起こるし、きっと楽しいことだってある。小さなことでクヨクヨしない!」と、自分自身にいつも言い聞かせてきました。考え方を変えると、子育てだけでなく人生のすべてが変わったような気がしました。
 私は、障碍のある子もない子も同じように育てたいと考えました。息子は養護学校への就学を進められましたが「絶対にあきらめない」と、思いを伝えるためのあらゆる努力をしました。何度も何度も、学校や教育委員会へ足を運んでお願いしました。自分が一生懸命になれば、相手も分かってくれるものです。おかげで、小中学校は兄妹そろって普通校へ通う事ができました。でも、いつも良い母親でいるのも疲れますから、息子相手に愚痴もこぼしました。そんな私を、息子はいつも思いやってくれました。
 知的障碍はあっても、心は豊かに育ってくれたと思っています。何事も、教わり、周囲に助けてもらう人生でしたが、子育てしながら私の視野は広がり、多くの友人を得ることが出来ました。11年前、都内から市原に越して来た時も、息子を通じていつの間にか友だちの輪が広がっていました。地域の活動の中で紹介されたウィズ エブリワンも、そのひとつでした。
 息子が参加した時は、話を聞かせてもらっています。私も機会があったら、また参加させていただこうと思っています。