第4回接遇推進委員会講演会
(看護師・医師・看護学生等対象)

主催 (株)日立製作所 日立総合病院
茨城県日立市
2004年4月28日

 倉田理事長は日立総合病院で「こころとこころのハーモニー」をテーマに約1時間15分 講演会を行ってきました。
 大プロジェクター(足でパソコンのマウスを操作しHPを披露)を用意して頂き 本格的な講演! と実感するくらいの講演会となりました。およそ200人の病院スタッフや看護学生が集まり、病院内のTV放送もされました。

講演会の様子です 写真撮影 ステップマゴン君




 

 聴講された方の中から ご感想を頂きました。ありがとうございます
 以下の通りです
 打ち込み ジェフさん 
 

 私は今年の3月末まで介護老人保健施設で介護員をしてまして、現在看護学校の1年生をしております。私が施設で働いていて得たことのひとつに半分不随等、障害がある方や、余命を宣告されている方ほど1歩1歩、人生の階段を大切に登っているんだということです。老人ホームは”姥捨て山”と呼ぶかたもいらっしゃいますが、私はとても1人1人が輝いて見えました。今日の講演を聞いて倉田さんにもその輝きを感じました。これからも頑張って下さい。

 私は看護学生です。アルバイトでグループホームの世話人をやっていました。そこで知的障害を持つ方たちの日常生活の援助をしていました。そこでみんなと生活した2年間は、とても大切な時間を過ごさせてもらい、私の宝物です。看護学校進学と同時にそのアルバイトは辞めてしまいましたが、実家に帰ったときは仲の良い友人として買い物やカラオケ、ドライブに出かけます。このGWも遊ぶ予定があります。今日の倉田さんの講演をきかせていただき、早く、彼女たちに会いたくなってしまいました!!

 深く考えさせられました。障碍者も私のような健常者でも同じように悩み、自分一人で答えを出し、時には孤独を感じたりするのだと思いました。私は人一倍淋しがり屋です。だから、人を恋しがらずにはいられません。それが、友達でも家族でも、好きな人でも。それを自分で認めるのが一番怖かったのですが、倉田さんの話や記事を見て改めました。私も、前に進みたいです。本当にそれに気づかせてくれて、ありがとうございました。

 二分脊髄による下肢の障害をもつ弟がいます。まさに倉田さんと同じような状況です。高校(養護)出だと仕事が見つからず、1年ほど家にいました。幸い、最近になって仕事がみつかり働いています。小学4年から中学まで普通の学校に通っていたので友達はゼロではありません。しかし、もし仕事がみつからなかったら、ずっと養護学校に通っていたらと思うと。たぶん友達もいなく、家ですごすことが多いだろうと思います。実際、今以上の友人は出来ていません。応援しようにも正直いって、何をしてあげたらよいかわかりませんでした。兄弟、家族でありながら情けないと思います。

 私は健診施設で仕事をしています。施設としても私としても。受診者の立場になって考え、行動するようにしています。しかし、今日の話を聞いて、本当に相手の立場に立って考えていなかったことに気付きました。ありがとうございました。

 今日、倉田さんのお話を聞き、大学生時代の友人のことを思い出しました。彼女は手話サークルに在籍していて、ろうあ者の方とも友人で、いつも楽しそうに手話で話しをしていて、私もあんなふうにコミュニケーションとれたらいいなと感じていました。また、学内に肢体不自由の方が入所している施設があり、学生と施設に入所している方がよく学内で話しをしたり、タバコをすったり、日常にしていたことを思い出し、日常のなかで障害のある方と接し、お互いにカベを作らずに接することができたら、とてもすてきなのにと考えました。

 ホームページに「身体は不自由。でも心は自由。」という見出しを見て、確かにそうだなあと思いました。今日、この場に参加させて頂きありがとうございました。私はまだ学生です。なので、今日の倉田さんの体験談を今後、生かしていきたいと思います。頑張って下さい。私は応援していきます。

 貴重な話を聞かせていただいて、障害者の方に対する考え方が変わりました。心と心のハーモニー、もっとみんなに広げていってほしいです。障碍者と健常者という区別をつけないで、みんなが心から付き合えるような社会にしていけたらいいな、と思いました。倉田さんがいつわりなくはなしてくれ、心にひびきました。言葉ではうまくいえないけれど、今日の講演をきいて良かったです。ありがとうございました。

 今日の講演を聞いて、1つ1つの言葉に私は心に響きました。私は今日が初めて障害者の方の話を聞いた日でした。私は障害者の方と接したことは今までありませんでした。今日の話を聞いて、障害者の方とすごく仲良く、普通に接することはすぐにはまだできないと思います。でもこれから勉強し、経験を積んで、少しずつでも障害者の方を理解していけるよう、頑張りたいと思います。

 今回、倉田さんの講演を聞いて、とても心中が複雑な気持ちになりました。今までに、体が不自由な方の気持ちをこんな風に直接、そしてまっすぐに聞くことは初めてで、とても心がつまりました。倉田さんが言うように今回の講演をきっかけに、言葉ではまだ表せませんが、何かを得たと感じています。私は今、看護学生です。これから出会う患者様の中で、体が不自由な患者様に出会った時、今回の倉田さんの言葉1つを思い出し、患者様と接することができる一人の人間であり、看護師になりたいです。

 私には障害者の友達はいません。そして、思い返せば私は障害者の人の気持ちを本気で考えたこともなかったと思います。最近、電車の中に障害者の方がいました。周りの人はやはりひそひそ話をしたり、その人を見ているのでしたが、やはり私も一緒だったと思います。そんな自分をさみしい人だと思いました。今日、話しを聞いていて、考えさせられることもたくさんありました。もしも自分が障害者の人と一緒にいたら、自分も周りからそんな目でみられてしまうという気持ちがあります。しかし、私はそこからぬけ出すための1歩をふみ出せるようになりたいと思う。障害者だとか、そんなことを気にするのではなく、同じ人として、その人をまっすぐにみれるようになりたいと思った。

 私は今、学生です。「障害者だからかわいそう」などと、思ってしまう時も正直ありました。しかし、今は、かわいそうとは全く思いません。むしろ、私よりはるかに大人で、かがやいてみえます。こう思えたきっかけは、とくにありませんが。一人の人間として、すばらしいと思い、私たちと見ためなどかわっても、心は同じだと思います。本当に今日はありがとうございました。

 今まで、障害を持った方と話したりしたことがなく、障害者の方がどんな思いをしているかなどということを良くわかりませんでした。今回、倉田さんの話をきくことができて、障害者の方の思いがわかったような気がしました。今度、交流できる機会があれば、良い関係をつくれるような交流をしたいと思いました。

 私の身近には、障害を持っているかたはいません。もし、そのようなかたが友達にいたら、やはりよそよそしくなってしまうかもしれません。多分、今までそのようなかたと接したことがないからだと思います。人と付き合う中で、障害を持っているということは、かなりハンデになると思いますが、やはり大事なことは、その人自身の内面だと思います。そのことを改めて感じさせられました。

 今日の話はとても興味深かったです。私にはダウン症のいとこがいます。うまく会話することが出来ないのですが、看護学校に通いながらがんばって生活しています。なので、今日の話をいとこの事を考えながら聞いていました。今日聞いた話をこれからの生活で役立てていきたいと思います。ありがとうございました。

 障害を持ち、これまでの歩んでこられた人生を飾ることなく見せて下さった姿に感銘を受けました。何不自由なく生活している私自身に”甘さ”を感じました。ありがとうございました。

 今回の講演を聞いてみて、改めて体が不自由な人にどう接するべきなのか、考えさせられました。今まで私は障害を持った人に自分から話しかけたこともないし、何となく偏見を持っていました。でも今回の話を聞いてみて、障害ではなく障碍だということもわかったので、話をしてみたいと思います。また、小さい頃からの生活なども聞けてよかったです。

 ウィズ エブリワンの活動内容の話を楽しそうに話している倉田さんを見て、すごく充実した私生活を送っているんだなあと感じました。いろんな所へ旅行へ行ったりするのは誰だって楽しいし、そんなことができるのは当たり前のようだけど、すごく幸せなことだと思います。気の知れた仲間や家族などとこれからも明るく、楽しく活動を続けてください。今日はとても勉強になりました。また機会があればお話を聞きたいです。ありがとうございました。

 身近に障碍者がいないため、付き合い方がわかりませんでしたが、講演を聞いて、みずから進んで声をかければ、心を開いてくれるということを知りました。障碍者に会ったら、積極的に行動してみようかなと思いました。講演に参加できてよかったと思いました。

 行事に参加したことはありましたが、どうしても「自分と違う人」という考えが抜けませんでした。私は一線をひいてお手伝いをしていたと思います。でも今回の講演を聞いて、私たちと何ら変わらないのだとわかりました。なかなかそういった人と話す機会はないのですが、また行事などに行った時には、自分の気持ちの持ち方を考えてみます。そして、自分と同じ仲間としてつき合っていきたいです。

 いろいろな話がきけてよかったです。自分が思っている事を言いあてられたような気がして、恥ずかしく思いました。今まで自分が思ってた事は、障碍を持つ人にとっては、こんな風に感じていたんだなあと思いました。やっぱり、その人に直接きいてみなければ分からない事ってあるんだなあと思いました。倉田さんの話をきいて、障碍を持ってる人の本音が少し分かったような気がします。ありがとうございました。

 テレビ番組などで、よく福祉のものを観ます。周りの人や親、先生、世界をとりまく大人の人達から、偏見や差別は悪いことだと教えられてくるのだけど、私の中にもいつの間にか偏見というか、これはこうだ!という決めつけている気持ちがあります。外から障害を持つ人を見ていると、「がんばれ」と応援するのですが、いざその人と接すると、自分は一歩、気持ちを引いたところで見ています。なぜなんでしょう?自分の気持ちなのに、上手く表現できません。でも今日、お話を聴いて、私の中のそういったトコロに少し気付きました。変わるの(成長)には時間がかかるだろうけども、気付きがなければ何も始まっていかないと思うので、今日の時間はとても良いと思います。

 私の身内、兄は心身障害をもっています。そのため、私は幼い頃からその人たちと接する機会は多々ありました。今日講演をきいてみて、共感を持てる点が多々あったし、けれど、話していたことに納得させられることもありました。私自身、兄が障害をもっていたために、他の障害をもつ人との接し方について考えたこともありました。今日はお話を聞けてよかったです。ありがとうございました。

 お年寄りや障害者にも優しい社会作りとか言っても、まだまだ上っつらなだけのような気がしました。確かに、今日集ったこれだけの人数の中で障害を持っている方と友達になったり、お付き合いしたことのある人がほとんどいないのはなぜだろうと思いました。やはりどこかで避けているのだと思います。現状ではそういう社会になっているのだと気づきました。だから自分に何ができるかと聞かれると難しいですが・・・倉田さんのお話しの中で「本音で話せる間柄」の大切さに気付けた気がします。

 私の親戚にも障碍をもった人がいます。その方は父の弟なのですが、私は今だにどうその方と接していいか分かりません。しかし、今日の講演を聞いたことで、障碍をもった人も健常者も何も違うことはなく、自分が勝手に壁をつくっているためにうまく接することができないんだと実感しました。障碍者と健常者の距離を感じさせないような社会づくりに私もぜひ取り組んでいきたいと思いました。

 記事内容を読み、障がい者は人に「害」をもたらすものではないのを実感した。講話を聞かせて頂き、体は不自由で不便なことがあっても、私達でいう所の健常者と精神面では変わらないことを痛感した。私達は偏見を抱いていたのだと思う。「害」の概念から、「碍」に変化し、また「碍」を少しでもなくなり、バリアフリー(環境、心)になっていけたら良いと思う。本日は本当にありがとうございました。

 私は、今、手話教室に通おうかと迷っています。しかし、今日の講演を聞いて、私も積極的になり、障害がある方と交流をもってみようかなと思いました。

 今日の講演をきいて、障害者との付き合い方に隔たりがあった事に改めて気付きました。全て同じ人間であることは変わらないので、これから知り合う方との「友情」をつくってみようと思いました。私は学生ですが、これから看護師として働く時に、障害あるなしに関係なく人と向きあい、悪い点はお互いが改善できる仲にしていきたいと思いました。様々改めて気付かされることがありました。ありがとうございました。

 障害にこだわらず、素直に付き合っていけたら良いと感じました。これは難しいことかもしれないけれど、お話を聞いて大切なことだと思いました。自分にも障害を持った方に対しての壁のようなものがあった、と感じました。今日は倉田さんの生の気持ちが聞けて、自分がどれだけ失礼だったか気が付きました。今日をきっかけにもっと深く考え、付き合っていけたら良いと感じます。

 今日の講演を聞いて、「障碍」という言葉に改めて考えることができました。障碍は「害」ではないということ。何度もきいたことがありましたが、妨げの意味で「碍」という字を使っているのは初めて知りました。私には障碍のある方と関わる機会もありませんでした。今日の倉田さんの講演を聞くことができて良かったと思っています。私の障碍に対する考え方が変わりました。障碍のある方がどう感じているのか知ることができて良かったと思いました。私も「心と心のハーモニー」について考え、こたえがみつけられたらいいと思いました。

 今日、倉田さんの講演をきいて、実際このような講演会に参加したことがなかったので、自分の考えていたことや思っていたことなど、視点が変わりました。私の身のまわりに軽度ですが、障がいを持って生まれてきた子がいます。今でも、正直な話、どう接していいか戸惑った事もありました。しかし、倉田さんの講演を聞いて、ぜひ自分から話してみたりしたいと思いました。題にもあるように「こころとこころのハーモニー」とは何か、自分の今後のテーマとしてこれから生きていきたいです。本当に参加できてよかったです。ありがとうございました。

 先程は手を挙げられなかったのですが、私は障害を持った友達がいます。保育所から中学校まで一緒でした。今でも会った時には話をしたりしますが、ほとんど会っていません。小さい頃はあまり考えなかったのですが、年が大きくなるにつれ、あまり遊んだりしなかった時もありました。でも、今日、倉田さんの話を聞き、久しぶりに会って話をしたくなりました。私は看護学生なのですが、養護学校の保健の先生になりたかったのをあきらめて、看護師になることを決意しました。だから、いつか、そのような仕事をしてみたいと思っています。日本はまだまだ障害を持った人に対して、偏見を持っています。私は、そういった人が一人でも少なくなるように、心のハーモニーを大切にしていきたいです。今日は本当にありがとうございました。倉田さんの講演が聞けて本当によかったです。

 講演を聞き、あらためて障害をもつ方と、私達健常者との接点の少なさを感じました。看護学生の頃、脊髄損傷で下半身が不自由になった方と一緒に日光に旅行に行ったことがありました。車イスが旅館の段差があがらなかったことや、宿泊をことわられた(外を歩いた車イスは汚い)こと、思い出しました。その後、その方々とは、仕事の忙しさなどで徐々に距離ができてしまっています。自分の生活が狭くなっているなー、と感じました。私の弟は病気の為、右下肢切断となり、義肢を用いての生活です。現在の病気とともに、自立した生活をしていますが、様々な思いがあったのを見てきました。人と人とのかかわり、障害に対する見方は、まだまだ健常者の中にもバリアーの高さがあると感じました。バリアフリー、もう少し考えていきたいと思います。看護の中でも、今日の講演を生かしていきたいと思います。

 今日、倉田さんのお話をきいて、小学校の時、同じクラスだった子のことを思い出しました。彼は、言語障害、下肢の障害があったように記憶しています。まだ小さかった頃だったので、まわりの友達も特に彼の障害に対して意識しておらず、仲良く遊んでいました。ただ、私の母から聞いたのですが、大縄跳びの練習をしていて、彼が上手に跳べた時だけ、みんなで拍手したら、ある男子が「○○クンばかりほめてズルイよ!!」と言ったそうです。子供って素直ですね。なので、大人になってしまうと障害(このようにいうことになんだか抵抗がありますが)を持つ方と接する機会が減ってしまうのだろう、と私もなんとなく思います。みんな、分け隔たりなく、仲良くできるといいのに・・・。最後になりましたが、私には障害を持つ伯父がいます。同居していましたが、昔と違って発言も多くなり、自分の思いも少しではありますが、伝えられるようになってきました。これからの社会が、よりよくなっていくことを願い、私も頑張ろうと思います。今日はありがとうございました。

 障害者という言葉より「障碍者」という言葉の方が好きです。障碍者という言葉を使っていながらも、どこかで心のバリアが残っている、と講演会をきいて改めて思いました。心のバリアがすべての人からなくなるのはいつになるのか、私達はなにをしなければならないか、考えました。もっと様々な人と接していき、考えていきたいと思います。今日はありがとうございました。

 今回講演をきき、自分の視野の狭さに気づくことができました。もっと世の中のことを知り、相手のことを考えられる人になりたいと思います。ありがとうございました。

 今日はお話しいただき、ありがとうございました。この講演に参加できてよかったです。私は、障碍をもった方の話を直接聞いた事がなかったので、どんな生活を送っているのか、どんな時に不自由を感じているかなど分からなかったので、今日、倉田さんの話をきいて、考え方が変わりました。倉田さんは障碍をもちながらも、活動的で、もしかしたら私よりも色々な世界をみていて、本当に障碍を否定的に考えず、むしろ共に生きているという印象をうけました。本当にありがとうございました。

 本日は大変ありがとうございました。前の席で倉田さんが話す様子を間近に目にし、本当に長時間に渡る話しで、お疲れになったのではないかと感じました。私はNICVで早期産のお子さまのケアをしています。子供の時は、運動にまつわる問題もはっきりしていなくて、とてもかわいいばかりなのですが、将来にまつわるさまざまな事は想像するだけでしたが、今日、倉田さんの生活の事などをおききして、私の中の思いは何かしら変わったように思います。”人として”という事を大切にして、自分自身をみつめてみたいと思います。

 親類にダウン症候群の女の子がいます。女の子といっても30才になります。私の実家へ年2回程遊びにきます。しかし、親は電車、バスで移動するとジロジロみられたりしていやだと言っていました。友だちも健常者の方はいませんということでした。さびしい思いがしました。世の中、平等といっても、日本全体はまだまだであるという実感があります。すべてにおいて、行政があとからついてくるという感じです。今日の講演の内容を夏休み、遊びにきた時に話をしようと思っています。

 あらためて自分が幸せなことに気づきました。生まれてきた時、何百人の中の一人、何千人の中の一人、その中の一人にならず、五体満足に生まれた自分!倉田さんはその中の一人として生まれた・・・。私は五体満足だけど、心の中は満足ではない。それにくらべて倉田さんは気持ちが前向きな方ですね。私はすぐに「私なんか、どうせ・・・」と投げやりになってしまいます。倉田さんの前向きな人生を見習いたいと思っています。お互いにがんばりましょう!。倉田さんに負けないぞ!(笑)

 私には小学校4年生まで、障害とは少しちがうのかもしれないのですが、白血病の男の子が同じクラスにいました。その子は年に数日しか学校に来られませんでした。でも、学校に来ると常に笑っていて、同じクラスのみんなも自然に笑っていました。体調には気をつかっていましたが、その他はふつうのクラスメイトとして接していたことを思い出しました。残念ながら4年生のときに亡くなってしまいましたが、私たちクラスメイトは本当の友達だったとみんな感じていると思います。いっしょに勉強したことや遠足に行ったこと、純粋な気持ちで接していたことを思い出すことができました。看護師になった今、障害の有無にかかわらず、人間として接することの大切さに気付きました。本日はありがとうございました。

 今日はどのようなお話がきけるのか、きっとまじめな話なのかなと思ったら、おもしろい話もあって、聞きやすかったです。ホームページも見やすそうなので、今度開いてみたいと思いました。

 障害をもつ方の講演を聞くことが今までなかったので、本日は貴重な時間を過ごすことができました。看護師として、今日の講演をとても楽しみにしていましたが、期待通り楽しい時間を過ごせました。しかし、倉田さんは明るく笑顔でお話される裏側に、健常者との壁を感じた自己の過去の体験も話されていて、とても立派なんだと思いました。また来てほしいです。

 障碍のある方からお話(本音)を聴く、ということは初めてで、こういうことを考えているんだな、私たちと同じなんだな、という思いを抱きました。まだまだ私も障碍のある人と接するのは苦手意識を感じてしまうことがありますが、交流をもち身近に感じ、自然に接していけたらいいと思います。

 普段、体の不自由な方の姿を見る事はあっても、話を聞くことはなかったので、参考になりました。子供の学校(小学校)にも体の不自由な子供がいるが、健康な子供と一緒に生活する事で、年々成長する姿を見る事ができます。努力は必ず結果となると思います。大変貴重な話をありがとうございました。

 「どこに行っても、まず付き添いや家族に声をかけて、次に障碍者に声をかけられる」という話をきき、反省しました。障害者や子供さんなど、まず本人に声をかけるよう、今後はしていきたいと思います。

 私は、障碍者に対して特別、比較しているつもりはありませんでしたが、倉田さんの話を聞いていて、どこかで へんけんをもっていたんじゃないかなと思いました。話の中で、病院に行くと、ナースがまず最初に障碍者の所ではなく、付き添いの人の所へ話していて、もし自分も同じ場面にでくわしたら、同じ行動をとっていたのではないかと思いました。しかし、今日の講演会を通して、へんけんなく障碍者と関わっていけたらいいと思いました。また、「しょうがいしゃ」という字を「障碍者」と書く所に、なるほどと思いました。確かに、健常者があたりまえにできることができないということもありますが、”害”といってしまうことはどうなんだろうと思ったので、この表現はよいと思いました。まだまだへんけんが多い世の中ですが、心のバリアフリーが築いていければよいと思います。

 私も学生の時、身体不自由の9才の男の子を受け持ちました。母親との関わりで、いつも付き添っていなければいけないことで、大変だと話をしていました。私もその時は「かわいそうだ」「大変だ」と思っていました。でもよく話を聞いてみると、「今、生きていることで嬉しいです」ときいたことがあり、私が思っていた事はただ単に看護学生として接していたのだと思いました。本日講演をきいて、障害者だから、と特別あつかいしないことが一番だと思いました。悪くみてもいけないし、何もかも手伝ってしまったりするのもいけないと思いました。

 心と心のふれあうことで感じることが出来る、人の温かさや安心感。また、ふれあいを拒まれたことによって感じられた冷たさや寂しさ、たくさんの気持ちとふれあってきたんだということが分かりました。自分が人とふれあう時に、相手にどんな気持ちで接しているんだろうと思い返すことが出来ました。ありがとうございました。

 私は、看護学校に入って、実習で初めて障害を持った子どもたちと接しました。初めはどんなふうに接してよいのか戸惑いましたが、時間がたつにつれ、子どもたちも私にちょっかいを出したりするようになり、私が帰るころには「とても楽しかった」と笑顔で言ってくれたことがとても印象に残っています。今でも、障碍をもった人たちと交流することはありませんが、なかなか自分から交流会に参加したりすることもないので、今日、倉田さんの講演を聞いて、気持ちや考えていることはみんな同じなんだなと思いました。看護師になって、いろんな人と関わる機会がふえると思いますが、今までよりも意識して障碍のある人とも交流をもちたいと思いました。本日は講演ありがとうございました。

 心のバリアフリーがむしろ一番大切なのかなと思いました。自分はいつもゼイタクなニーズをもって暮らしていると思う一時でした。私は夫が障害者になってからおつきあいし、結婚しました。周囲からはとても反対されました。相手に依存する生き方はできるだけしない様にし、お互いやれることを協力して生活しています。

 倉田さんのお話を聞いて、これからは付きそいの人ではなく、患者さん本人にまず声をかけるということを実行していくつもりです。日本は義務教育が始まる小学校から、わけて教育が行われてしまっていることが間違いだと思うのであります。ですから、卒業して急に倉田さん達のような人と接することがあっても、どうすることもできないのです。はじめから一緒だと、やっぱりお互いに慣れると思うんですよね。人生80年、まだまだ先が長いから、お互いがんばりましょうネ。

 ユーモアの話も入れての講演ありがとうございました。勇気にとても感動しました。これからもがんばって下さい。応援します!

 倉田さん、はじめまして!今日はご講演をありがとうございました。とても心に”ささり”ました一言”障害を持つ友達がいますか?”。たしかに病院につとめておりますと、顔見しりになって、来院なさるたびに窓口に声をかけていただく方もいらっしゃいますが、病院だけのこと・・・。なぜか自分がとてもかなしくなりました。何かまちがっている気もしてきました。病院の中だけでのお友達、倉田さんのおかげで自分の中の”何か”気付く事が出来た気がします。

 障害の壁を取り除きたいと本当に心から思っていましたが、倉田さんの心の言葉を聞き、やはり自分の心に壁を作っていたと思いました。手話を勉強しながら、聴覚障害者の人と交流を持っています。その中でなんのわだかまりもなく楽しい一時を過ごし、外で食事に行くこともあります。時々思うのは、いつ自身又家族も同じ立場になるかもしれないということです。相手の立場になって考えてみる、本当に大切なことです。これからの活動、期待しています。頑張って下さい。一緒に付き添ってきた方にも本当にありがとうございました。

 ポジティブに生きていられるのだなと感動しました。ここまでの心境になるまでには長い時間があっただろうと思います。これからもどんどん、メッセージを発信していって下さい。

 今まで「障害」という言葉に何とも思うことなく、普通に読んだり、書いたりしていました。しかし、この資料をみて、今まで何も感じることなく読んでいた「障害」という文字が”害”という文字が入っていることに初めて気付きました。でも私は、”害”ではないということを身体の不自由な方々に言いたいです。様々なことを感じたり、目で見たり、手で触れたり・・・。健康である人と変わりがありません。辛い思いや悔しかったりしたことも多かったと思いますが、自分が今、希望を抱いて日々生活していることを誇りに思って下さい。みんなそれぞれ、色んな人生があるように、日々変動があります。毎日、同じように過ごしていても、充実した日、そうでない日、様々です。これから、またたくさんの方々へ温かい講演をして下さい。お体、大切にして下さい。本日はありがとうございました。

 今日講演をきいて、心と心がふれあうことはとても嬉しく幸せなことだと思いました。逆にふれあえないことは、寂しいものです。それは、経験した人にしかわからない感情です。倉田さんと似た経験をしたことがあります。ですからその気持ちが痛いほどわかりました。これからまた同じ気持ちの人に出遭えたら、親身になってお話したいと思います。今日は本当にありがとうございました。

 私も今の友達に支えられて生活していきます。私は知的障害者の子と小学6年生まで普通に一緒に遊んでいました。中学になってから、その子は養護学校にすすみ、もう付き合いはなくなりました。子供の時は何も考えずに遊んでいたのに、今は行事という形でしか話す機会はありません。健常者も障害者も一緒に遊ぶというのは、子供の時だけど、大人になってきてからそういった壁をつくってしまったのかなって思います。今日倉田さんの講演を聞いて、昔のことを思い出すことができました。

 すごく堂々としていて、言葉のひとつひとつを大切に力強く話してくださっているように思いました。胸に残るようなお話をたくさんして頂いて、自分の考えが少し変わりました。ボランティアとして接するのではなく、1人の人として接していきたいです。

 私の周りの環境ではあまり障害者の方と接する機会がありません。地元を離れ、日立に来て看護学校に入り、これから多くの様々な人とふれあうことになるでしょう。その時に今日聞いた話しを思いだし、障害者の人の不安や思いを少しでも理解できたら良いと思いました。それから、私は自由に動かせる手があるのにパソコンなどがまるで使えないので、足でパソコンをうち、ホームページまで作ってるなんて、とても尊敬しました。これから私には一体何ができるのかをもう一度考えてみたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

 初めて今日のような講演を聞きました。今まで障害を持った人との交流もしたことがなかったので、すごく貴重な体験ができて、うれしかったです。これからも障害があるとかないとか関係なく、たくさんの人と話しをしたり、講演を聞いたりしたいと思いました。